プロフェッショナルコーチ 松本亜樹子ロングインタビュー。「心が望んでいることに耳を傾けて、自分らしい生き方に出会い続けたい。」

2021.3.16up
不妊当事者をサポートするNPO法人Fineを創設されてから、不妊治療に悩む人たちの声を集め、届け続けてきた松本亜樹子さん。その情熱ある活動によって東京都女性活躍推進大賞優秀賞、内閣府女性チャレンジ支援賞受賞するなど、社会の中での理解を促されてこられました。人の夢や願いを対話から引き出し、背中を押す役目のプロフェッショナルコーチとして活躍されている亜樹子さんの第一印象は、どんなことがあっても話を聞いて受け入れてもらえるような雰囲気を漂わせる包容力ある方。女性らしい洗練された美しさとしなやかさ、共存する勇ましい有言実行力は彼女の魅力の振り幅を象徴しています。そんな松本亜樹子さんは、時代に翻弄されることなく、常に自分らしさとは何かをご自身にも問いながら、本質的な人生のいきかたを手にするためのサポートをコーチングセッションや研修を通してされ続けています。どんな時も颯爽と前へ進み続ける松本亜樹子さんのこれまでを幼少期まで辿って、どんな風に歩まれてきたのか、今の亜樹子さんの在り方に影響を与えた体験は何か、亜樹子さんの魅力を紐解いていくように、インタビューしました。

亜樹子さんは今具体的にはどんな分野でご活躍ですか?

個人や企業の方を対象にコーチングをメインに提供しながら、セミナーやワークショップを実施したり、講師として研修や講演、講義を行ったり、そして妊活・不妊治療の活動もしています。

今一番情熱を注がれているものはなんですか?その魅力も教えてください。

コーチング(ファウンデーション/ストレングス・ファインダー®/アンガーマネジメント含む)です。コーチングは、誰しもが持つ本来の可能性を最大限に引き出し、クライアントに変化をもたらし、それぞれの人生を豊かにする素晴らしいものだと思っています。

今の亜樹子さんがどう育ってこられたのか、遡って小学生時代からどんなお子さんだったか教えていただけますか?

活発でいつも外で遊んでいる男の子みたいな子でした。妹と2人姉妹なのですが、幼稚園くらいの時からリーダーシップをとっていましたね。男子とも対等に喧嘩したり(笑)。とにかく負けん気が強かったのでガキ大将にも平気で正論で攻めて言い負かしてました。ずっと学級委員だったんですけど、正義感が強いというか、弱い者いじめする子が許せなくて、よく間に立って解決したりしてました。そのせいで、いつも私はいじめられた子から相談を受けていました。

正義感が育まれたきっかけ等、何か思い当たることありますか?

父が四角四面でとても厳しい人だったんです。曲がったことはしない、自分の部下のことは大事にする、間違っていると思ったら、たとえ相手が上司であろうが食ってかかるタイプ。そんな父の気質をそのまま受け継いだのかなとは思います。あとは両親共、とても躾には厳しかったです。「人として間違ったことをしてはいけない。人を傷つけたり困らせるようなことをしてはいけない。人のためになることをしなさい。」と言われ続けていました。

子供時代、今でも忘れられない体験はありますか?

私とても足が速くて短距離走はずっと一番だったんです。だから運動会は大活躍できる場だったし、かけっこ大好きでした。ところが小学校5年生の時に転校してきたお友達がとっても足の速い子で、生まれて初めて体育の授業の短距離走で負けたんです。その時のショックと悔しさは今でも忘れられません。さほど努力しなくても1番の座を守れると高を括っていた私が、それを機に初めて本気で猛練習をしました。腿上げ、スタートダッシュなど、かなりストイックに練習を繰り返しました。そして結果、次の競争で彼女に勝ったんです。悔しい思いをバネに必死で努力したことで得た、本当の意味での初めての成功体験となりました。

絶対に諦めない。不屈の精神がその頃から目覚めていたようですね。

そうですね。とにかく勝気。それと“ねばならない”に囚われていました。「かけっこは一番でなければならない」「いい子でなければならない。」「100点とらなければならない。」「正しくいなければならない。それが私の役割だ」みたいな。

みんなのお手本的な存在でいることに対して息苦しさみたいなのは感じたことありました?

当時は「いい子」でいることで自分のアイデンティティを保っていたので特に息苦しさみたいなのはありませんでした。妹は比較的体も弱かったので姉である立場で守らなくちゃいけない、強く優しくなければならない。そのあり方こそに自分の存在価値があると思って生きていたような気がします。私ね、ずっと人前で泣かない子だったです。悲しくても、淋しくても、辛くても、転んでケガして痛くても、歯を食いしばって我慢して(笑)、とにかく決して泣かない。泣くことを自分に許してこなかったんでしょうね。だから親の前でも物心ついてから一度も泣いたことがなかったんです。「いつも明るくて元気で強くていい子」。それが私の少女時代の自分で確立させたセルフイメージでした。

お父様とのエピソードで何か印象的な出来事あったら教えていただけますか?

ずっと勉強が嫌いでした。学級委員もしたし、成績も悪くなかったのですが、とにかく勉強するのが大嫌いだった。ある日小学校6年生の時に担任の先生が、「将来高校に行きたい人?」「大学に行きたい人?」と生徒たちに聞いていったことがあるのですが、私だけ、手を挙げなかったんです。その時先生に理由を聞かれて「私は勉強これ以上したくないので中学校までの義務教育だけで十分です」と答えたら、親が呼び出される事態に(笑)。母が翌日学校に出向いて先生と話をしました。父はというと母からその話を聴いても、至って冷静で私を叱ることもなく「なっちは将来何になりたいんだ?」と聞きました。てっきり叱られると思っていた私には驚きでした。「何って言われても、どんな仕事があるか知らないから、わからない」と答えました。それを聞いた父は翌日、高校生用の就職の本を買ってきて「この本には、いろんな職業が載ってるから、これを読んで、自分が将来なりたいものを見つけてごらん」 と言いながら渡してくれたんです。その本を読んで、私は自分がなりたいものを選んで、父に伝えるとこんなやりとりになりました。

「パパ、私CAになりたい」
「ほう。そうか、では高校はどうするんだい?」
「行く!」
「大学は?」
「行く!」
「大学で何を勉強するんだい?」
「英語!」
「そしたら、これからどうするんだ」
「一生懸命勉強する!」

親はどうしても自分の固定観念を押し付けてしまいがちですが、お父様はこうしなさい、ああしなさいって指図されずに、自分で探すようにと導かれたのですね。それは、まさにコーチの在り方のような気がするのですが。

はい、本当にそう思います。この会話だって、まるでコーチングセッションのようですよね。父はネイティブコーチだったのではと思います。当時私はまだ小学生だったのだけれど、信頼してくれていたんだろうなと今になって感謝の気持ちが溢れてきます。厳しい人だったけど、私の存在と意見を尊重してくれていた。私が主体的に見つけてそれに対して自分で責任を持つことを促してくれたんだと思います。今私が職業としているコーチングの原体験は、そんな父の私への接し方、寄り添い方にあるのかもしれません。

大学卒業後はどのお仕事を選ばれたのですか?

結局CAとはご縁がなかったんですけど、学生時代にアルバイトでモデルやナレーターコンパニオンをしていたのがそのまま職業になっていき、気づけばフリーのアナウンサーがメインのお仕事になっていました。私は人前に出て人とコミュニケーションをとることが大好きなんです。なので、特に製品説明のナレーターコンパニオンや、対談インタビューやトークショーはとても楽しくて、大好きでしたね。とにかく担当する商品や、トークショーのゲストのことをまず勉強して、誰よりも大好きになっちゃうんです。なんて素敵な商品だろう。なんて素敵な方なんだろうって。だから、その魅力を引き出し、その良さを自分の声と言葉で伝える、そして見ている方が同じ様にその商品やゲストを好きになってくれるといった連鎖がとても嬉しくて、やり甲斐を感じていました。

コーチングとの出会いについてお聞かせ下さい。

アナウンス技術を後輩に教えて欲しいとマネージャーに頼まれたことがきっかけで事務所内でのレクチャー担当になりました。私なりの方法でコツを教えたりしていたところ、後輩がみんな目に見えて上達していったんです。それが嬉しくて楽しくて!その成果が事務所でも認知されて気づけば一般企業へのプレゼン研修にもご縁が繋がってきました。さらにどうしたら人のモチベーションを奮い立たせられるかといったところに関心が向き始めていたときに「コーチング」という手法に初めて出会ったんです。

コーチングは最初どんな印象でしたか?

最初は目からウロコでしたね。特に相手が自走するしくみを自らが(コーチとともに)作り出していくといったアプローチがとても面白いと思いました。

本格的にコーチングを学ばれたのは?

先輩に「コーチングのスクールが日本も拠点にするのでそこに行って学ぶことにした」という話を聴きました。その時私もとてもそのスクールに興味を持ったのですが、当時私は不妊治療に時間もお金も費やしていたので、今は無理だと断念したのです。その後不妊当事者の自助団体であるNPO法人Fineを立ち上げたのですが、ボランティア活動ベースということもあり、せっかくサポートを志して入ってきてくれても、いつの間にか辞めてしまうという流れを止めることができなかったんです。最初はやる気があるのに、どうしてもそのモチベーションを保つことができず、気づけばやめていきというよくない流れができていました。その時に、ふとコーチングを思い出したんです。一度は諦めた、あのときから約10年が経っていましたが、遂に一念発起してコーチ21(現コーチA)へと足を運びました。学んだことは即実践ということを続けていくうちに、劇的に人との関係性が変わり、NPOのメンバーに変化が現れ、長く居てくれるようになったんです。同時に私自身が、生き生きと自分らしくいられるようになり、色々なことが実現できるようになっていました。

具体的にはどんな形で実践されたのですか?

大きく二つのアプローチを実践しました。一つはビジョンメイキングの研修です。最初にNPO法人Fineの未来と社会がどんなふうに変わっていて欲しいか、そうなったら、当事者はどんなふうに変化すると思うか、そのために自分は何がしたいと思うか、自分が得られるものは何か、という問いに答えてもらうワークを取り入れました。仕事でもそうだと思いますが、ボランティアは特に、少しでもやらされ感があると楽しくないし、モチベーションも保てず早くに疲弊してしまうんですよね。だからモチベーションを自分自身で生み出す仕組みが必要で、そのために「自分自身が得られるものは何か」を考えてもらいます。「私は誰かのために役立とうと思って活動に参加しているんです。自分が何かを得ようなんて思いません」という謙虚な人が多かったんですけど、私の18年の持論では、ボランティアだからこそ、それではダメなんです。最終的には自分が得られるものがないと。得られるものは何でもいいんです。自分がそのために頑張れるのなら。でも、例えば得られるものが「誰かの笑顔」では、まだだめ。弱いんです。そのために自己犠牲の気持ちが出てきて辞めてしまう。「誰かの笑顔がみられたら、自分が幸せになれるから」。ここまでいけば、とても強いモチベーションにつながります。それを「自分自身で見つけてもらう」ためのワークです。つまり「誰かのために」じゃなく、「それがひいては自分のために」というのを自分で掘り下げ、理解・納得する。自己犠牲ではなく、自己実現を目指すことがとても大切なこと。それでこそwinwinの関係になれると長年の活動で気づいたんですね。ニつ目はシンプルに、対話の方法を変えました。「説得する人から聞く人へ」とシフトしました。

亜樹子さんは説得する人だったんですね!笑 小学生時代のたくましい頼りがいある女の子のイメージと重なりますね。でもどうやって、対話の方法を変えることになったのでしょうか。

面白いエピソードがあるんです。私の周りには、なぜかおとなしい人が集まりがちなんです。つまり、口数が少ないというか、口下手な人が多い。それで私は会議などではいつも「親切」と思って、相手の気持ちを「つまり、こういうことだよね?」と代弁していたんです。ですが、コーチングを学んでから「傾聴する」というスキルを知ったので、ある時試しに沈黙してみたんですよ。そうするとその会議の中で、みんなが生き生きと話し始めて、仰天しました。「みんなしゃべらなかったんじゃない。私がしゃべらせていなかったんだ」ということに気づき、愕然としました。同時に今までの自分の勘違いを申し訳なく思いました。「みんなのために、私ががんばって話さなくてはならない」という、長年自分自身を縛ってきた思い込みが一気に外れた瞬間でもありました。

お話を伺っていて感じるのは、ご経験の中での感情の記憶がかなり鮮明ですよね。そしてその都度自分を在り方や行動を振り返ってらっしゃるように思えます。

自分の中でぐるぐる考える癖があるんです。頭の中が空っぽになることがなくって、常に何か考えている。例えば美容院とかでも、よく雑誌とかを渡されがちだと思うんですが、私は手に取らないんですね。美容師さんの動きをぼうっと見ながらいろんなことを考えてるので、雑誌を読まなくても退屈することがないんですよ。いろんなものを見て観察して、あれこれ考えるのが楽しいんです。常に小さい頃から内省しながら次のアクションのことを考えてるという思考ぐせはあるように思います。そして基本的に終わったことは仕方ない、すぐ忘れちゃう。次に生かそう、未来に向かうぞってかなりポジティブです。

動いてるものが好きですか?(笑)

そうですね。好奇心の塊だから珍しいものや新しいことも大好き。道を歩いていて何か行列ができていたら、知りたくってソワソワしてつい「これ何の行列ですか?」って並んでる理由聞いちゃいます。

亜樹子さんはどんなコーチだと思われますか?

その人の行きたいところを一緒に見て、そばに居続ける。Doingだけではなく Beingを大切にする。必要な時にはどーんと背中を押す。そんなコーチ、そうでありたいと思ってもいます。

妊活を通しても多くの社会貢献をされていますが、今の社会に対してどんなところにもどかしさを感じられていますか?

私が活動を始めたころから考えると随分改善されてきてはいるのですが、やはり、まだまだダイバーシティインクルージョンが進んでいない。日本人は人と同じであることが大事だと思っているし、それを是としてしまう風潮がありますよね。マイノリティが置いてけぼりになってしまっていることがあると思います。妊活もそうだし、LGBTなども、最近になってようやく注目されるようになってきました。でも、まだ正しく情報が行き渡っていないと感じます。また障害者の方々やお子さんとお持ちのお母さんにも優しくない社会だなと思うこともたくさんあります。例えば物理的にバリアフリーもまだまだ進んでいないし。重たいベビーカーを女性が1人で担いで階段を上り下りしてる姿もよく目にしますよね。でもさっと手を貸す人は多くはない。すごく残念に思います。みんなが当たり前のように「お互い様」で自然と手を貸しあえる社会になってほしいと願っています。

NPO法人Fineを設立されてもう 17年も経たれるんですよね。亜樹子さんの妊活や不妊治療への認知度を上げるためのご活動は特に去年など目を見張るものがあります。長年温め育てながら活動されてきたFineでの活動において特に痛感されていることはなんでしょうか。

私、基本的におせっかいなんですよね。小さいころから「困っている人がいる限り、放って置けない」のが性分なので、当初から声がある限りは 然るべきところに伝えなければと思って活動してきました。当事者の声を (アンケートや署名などで)集めて伝えて、社会の環境を変えるために、メディアの力もお借りしながら諦めずに訴え続けることが、少しずつですが、やがて実を結ぶのだと実感しています。「私が何かをしている」という意識はなくて、当事者の仲間たちの声を預かって届けているといつも思っています。つまり、Fineの役割は“メッセンジャー”。声を集めて届ける活動がしたくて、この団体を立ち上げたんです。長年続けて漸く声が届いてきた、という感じですね。目の前のことを、日々こつこつ愚直に続けてきただけなのですが、継続は力なりという言葉を、まさに実感しています。

プライベートはどんな過ごされ方をしてますか?

夫と休みが合う時には、買い物に行ったり映画に行ったりしています。最近はあまり行けてないんですが、観劇が趣味なので舞台やミュージカルを観に行ったりもします。

亜樹子さんが社会に届けたいものを教えて下さい。

私の使命って「目の前の人を笑顔にすること」だと自分で感じているんです。使命というよりもそれは自分の「価値(ファウンデーションでいうところの)」だなぁって思っているんですけれど。とにかく人を元気にしたい 元気な人を増やしたい 。小さい頃から人を笑わせるのが大好きなので、笑顔でいれる人を増やしたいです。自信を持って元気に笑顔で生きていってもらいたい。

これから特に力を入れたいことはありますか?

自分の学んできたコーチング、ストレングス・ファインダー®、ファウンデーション、アンガーマネジメント、Points of You®をミックスして、できればオリジナルメソッドを開発し、誰もが使ってもらえるような場を作りたい。それを駆使することで自然と自己理解が促され、同時に自尊感情も高まり、笑顔で毎日過ごせるエネルギーが充満するという確信があります。

亜樹子さんが思われる『望ましい社会』はどんな環境なのでしょうか?

人にも地球にも優しい生き方ができる社会環境で、子どもも大人も健やかに育っていくことです。

ご自身が一番『自分らしい生き方』とされていることをお聞かせ下さい。

心が望むことを行って生きていくこと。両親から受け継いだ私の座右の銘が自利利他なので、これからも愚直にそれを体現して生きていくことかなと思います。

亜樹子さんの魅力の一つが声。その声と目をそらさず相手の話を傾聴してくれる彼女のコーチとしての在り方にダイナミックに背中を押される方は後を絶たないでしょう。これからどんな風に世の中に大きなうねりを創り出していかれるのか、私も一ファンとして目が離せません。そして、常に「時の人」である亜樹子さんに、またインタビューさせていただきたいと思っています。

松本亜樹子
Akiko Matsumoto
本名:杉嶋奈津子。長崎県長崎市生まれ。学生時代より所属していたタレント事務所で「松本~」を名づけられ、以来ビジネス ネームとして使用。モデル/アナウンサーとしての後進育成から人材育成に興味を持ち、認定 コーチ資格を取得。コーチとしての活動も開始する。国際コーチング連盟認定プロフェッショナルコーチをはじめ、5つのコーチング資格取得に加え、日本アンガーマネジメント協会ではファシリテーター養成講座の登壇経験も持つ。また、結婚後体験した不妊の経験から友人と共著で本を出版。それをきっかけとしてNPO 法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げ理事長を務める。【受賞歴】平成28年度東京都女性活躍推進大賞優秀賞、平成30年度内閣府女性チャレンジ支援賞、平成30年度内閣府女性チャレンジ支援賞(いずれもNPO法人Fine)等他受賞歴多数。【著書】『不妊治療のやめどき』( WAVE出版) 『ひとりじゃないよ! 不妊治療(角川書店)』(共著)Official site : https://coacham.biz
Interview / Photo and Makeup / Editorial design : 雨森希紀(Maki Amemori)
Fashion Styling : 押木香代子 (Kayoko Oshiki)